ヒルビリー・エレジーの記事2017.10.24
貧しいのは他人のせい
アメリカで今、起きている負のスパイラル
keyword: ヒルビリー・エレジー J・D・ヴァンス めくれバ 「#最近読んだ本」に使っていいよ ノンフィクション
2017.10.24 文章 / 和田由紀恵
ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)と呼ばれ、ラストベルトに暮らす人々
何が起きているのかをまさに紐解いた本書は、2016年6月の発売以降、半年以上にわたって連続して「ニューヨークタイムズ」ベストセラーリストに入っています。タイム誌の「トランプの勝利を理解するための6冊」の1冊にも選定されました。私たち外国人どころか、同国の白人間でも理解できていなかった事実。それは、「ヒルビリー(田舎者)」「レッドネック(首筋が日焼けして真っ赤になった労働者)」「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」と侮蔑的に呼ばれる白人労働者階層が、自分たちの将来へ希望を抱いていないこと、貧困と薬物中毒と暴力が蔓延する生活から抜け出せない複雑な社会構造を抱えている、という事実でした。
著者のJ・D・ヴァンスは、ラストベルト(錆びついた工業地帯)に位置するオハイオ州の鉄鋼業の町で生まれ育ちました。かつては炭鉱や自動車産業で栄えたこの工業地帯では、製造ラインが人件費の安い海外へ移るにしたがって、工場が相次いで閉鎖されていきました。ヒルビリーたちは工場の閉鎖と地域経済の低迷によって雇用を失い、貧困に喘ぎます。そんな環境の中で、ヴァンス自身も典型的なヒルビリーとして育ちます。しかし、周囲の援助や本人の大変な努力もあって、名門イェール大学のロースクールを卒業してアメリカン・ドリームを体現しました。高い社会的地位を得た彼は、自分自身が育ったヒルビリーの社会や家庭環境がどんなものなのかを文章に著すことで、ヒルビリーたちが苦しむ現実を解決する糸口を探そうとしています。ヴァンスが著したヒルビリーの生活は、そこで成長する子どもが将来へ希望を抱いたり、努力しようと奮起することを望むには、あまりにも苛酷なものでした。
困難から逃げるヒルビリーたち
ヒルビリーたちは薬物中毒者があふれ、犯罪が日常である自分たちの社会が抱える問題に対して、「職さえあれば、ほかの状況も向上する。仕事がないのが悪い。」と言い訳をします。困難に直面すると、怒鳴り、怒り、他人のせいにして逃げるのです。運良く働き口があっても勤務中にサボり、無断欠勤を繰り返し、あげく解雇されると、怒鳴り込みをする者もいます。
トランプは、こうしたヒルビリーたちの主張を代弁しました。いわく、アメリカが悪いのではない。不法に入国するメキシコ人が悪い、巨額の貿易赤字を作り出す中国や日本が悪い、と。
ヴァンスは自らがヒルビリーであることを受け止めた上で、こう指摘します。
”オバマやブッシュや企業を非難することをやめ、事態を改善するために自分たちに何ができるのか、自問自答することからすべてが始まる。”(本文より引用)
誰かが悪いのではない。けれども、現実を改善するためには、自分たちが問題に直面し、立ち向かわなければならないのです。翻って、日本はこれほどまでに断絶した社会には至っていないはず。でも、本当に断絶はないのでしょうか。状況は違っていても、日本でも負のスパイラルにハマって苦しんでいる層がいるのではないか。本書は、アメリカの現実を通して自分たちの社会を見つめる必要性を教えてくれているのかもしれません。
『ヒルビリー・エレジー』の書籍情報
著者名:J・D・ヴァンス (訳)関根光宏・山田文
出版社:光文社
初版発行:2017/3/20
ページ数:418頁
価格:1,800円(税抜)
ジャンル:ノンフィクション
サイズ:単行本
読了目安:4時間
ISBN:978-4334039790
WRITER

編集者・ライター
和田由紀恵
犯罪やドラッグが日常にある生活に戦慄する一方で、「何となく生きていけるのではないか」「自分がうまくいかないのは自分のせいではない。運が(社会が)悪いのだ」という考え方が、決してはるか彼方にある考え方でないようにも思います。この負のスパイラルが創り出すのは、不幸な子どもたちです。そんなスパイラルを生み出さない社会でありたいものです。
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