ペストの記事2017.10.10
日常の仕事が自分を支える
いま読んでも、驚くほど現代に重なる名作|ペスト
2017.10.10 文章 / 和田由紀恵
日常の仕事がパニックの碇になる
平和な日常に満ちた街を、突如としてペストの流行が襲う――中世に猛威を奮って人口を激減させたペストが、無辜のこどもや隣人を次々と手にかけ、命を奪っていくさまは、まさに“不条理”。この作品では、ペスト流行の兆しから流行のピーク、あまたの犠牲者、そして終焉までの、ペスト災禍の一部始終が淡々と描かれています。
高校生の頃は、疫病の災禍がつくる恐ろしい世界に圧倒されるばかりで、この作品のもつ文学的哲学について、あまり理解できないままでした。
大人になって読み返した今でも、哲学の命題への理解がさほど進んだとはいえません。ただその頃と違うのは、私が「働く」大人になったということ。そして、『ペスト』の世界が全く遠いフィクションではない、と思い知ったということ。
登場人物たち、特に主人公の医師は、与えられた職務を忠実に全うすることで、ペストという災厄に積極的に向き合います。
そこから思うのは、仕事が“不条理”の大きな渦の中で、諦めることなく前進を続けるための拠りどころになるのだ、ということです。医師である主人公は、効くのかわからない薬に望みをかけて患者の少年に投与しますが、「これで死ぬとしたら、人より長く苦しんだことになってしまうが」(本文より引用)という言葉通り、激しい苦しみの中に死なせてしまいます。それでも、ペストと闘うことを諦めません。罹患者を隔離したりと、市民から憎まれることになっても、災厄に“誠実”に立ち向かうのです。
もちろん、同じ仕事につく人すべてに、“誠実”を求めることはできず、迫りくる病の恐怖に、医師の責務を投げ出す人だっているでしょう。
それでも、各々が日々果たしている仕事が日常的なものであればあるほど、“不条理”と混沌の中で自らの拠りどころとなり、非日常のパニックに流されることを防ぐ碇の役割を果たすことは間違いありません。
現実に起こる“不条理”と、そこに向かう姿勢
自然災害においても、戦争などの人災においても、災禍とは“不条理”なものです。そんな中、自分の仕事を拠りどころにして立ち向かう人々の姿は、いかに仕事が人生に必要で、密接で切り離せないものかを、改めて感じさせます。
作品中で、司祭はこう説いています。
「ただひざまずいて、すべてを放棄すべきだなどといっている、あの道学者たちに耳をかしてはならぬ。闇のなかを、やや盲滅法に、前進を始め、そして善をなそうと努めることだけをなすべきである」(本文より引用)
パニックに身をまかせるのではなく、能動的に抵抗する――。そうした姿勢を支える一つが、日常の延長にある仕事なのでしょう。
そしてまた、この作品は渦中の市民を取り巻く、外の世界にも言及します。
「世界の果てから、幾千キロを過って、未知の友愛の幾つかの声が、彼らも連帯者であることをいおうと無器用に努力し、そして事実それをいうのであるが、しかし同時に、自分の目で見ることのできぬ苦痛はどんな人間でも本当に分かち合うことはできないという、恐るべき無力さを証明するのであった。」(本文より引用)
無力さを知ること、謙虚であること。そのうえで自分には能動的になにができるのか、大人として、「働く」者として、たびたび立ち止まって考えるキッカケを与えてくれる名作です。
『ペスト』(カミュ)の書籍情報
著者: アルベール・カミュ 宮崎嶺雄(訳)
初版発行: 1969年10月30日
出版社: 新潮社・新潮文庫
価格: 810円(税込)
サイズ: 文庫
頁数: 476頁
ジャンル:フランス文学
読了目安: 4時間
ISBN: 978-4102114032
WRITER

編集者・ライター
和田由紀恵
この作品は、第二次大戦が終わって間もない1947年に発表されました。オラン市のペスト流行というここで描かれた事件は、あくまでもフィクションであり、ナチズムへの抵抗を重ねて読まれることが多いようです。半世紀以上経ってもなお色あせず、むしろより混迷を極める昨今の状況では、より様々な困難を重ねて読まれることが多くなるはず。歳を重ねて読み返すことで発見の多い、不朽の名作です。
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