怖い絵2の記事2017.10.24
名画が伝える恐怖
本当に怖いのは、気づかない「非常識」
keyword: 怖い絵2 中野京子 めくれバ 「#最近読んだ本」に使っていいよ 名画
2017.10.24 文章 / 和田由紀恵
名画から伝わる「非常識」の恐怖
本書にとりあげられている名画は全部で20点。その中には、首が切り落とされる場面が描かれたような、グロテスクでわかりやすい恐怖を呼ぶ絵もあれば、平穏な印象しか与えない、恐怖とは無縁のように見える絵も含まれています。
例えば本書で取り上げているヴェロッキオの「キリストの洗礼」は、恐怖とは結びつかないような宗教画です。中央にキリストが、右にはヨハネが、左には天使が二人描かれた、この作品。本書で明らかになるこの絵の恐怖は描かれた画像にあるのではなく、この絵が持つかすかな違和感からひもとかれる背景にありました。この絵にどんな事情が、どんな恐怖が隠されているのかについては、ぜひ読んで確かめてみては。「なるほど怖い絵だ」と、頷けるはず。
恐怖と一口にいっても、さまざまな種類の恐怖があることを教えてくれる本書。私がシリーズを通じて最も怖いと感じたのは、現代では考えられないような習慣が、名画が描かれた当時は当たり前のこととして日常にあった、という恐怖です。
西洋文化史が専門の著者による名画の解説には、当時の「非常識」なエピソードがふんだんに紹介されています。
人体の解剖が入場料をとるイベントとなり、解剖のための死体の供給が追いつかず、墓場荒らしや、果ては解剖用の死体を手に入れるための殺人まで横行したそう。人体解剖が一般人のエンターテイメントだったとは!
精神病院への慰問は、あたかも動物園に行く感覚だったとか。「寄付」という名の入場料を払って、「おかしな振る舞い」をする患者たちを眺める「正常な」人たち。当時の医師が発表した、精神を病む患者に対する最も効果的な治療法は「年一回の瀉血と、週一回の吐剤・下剤の投与」だったとのこと。
多くの人に認められ、守られて現代に残る名画。それらの作品が描かれた当時の常識は、現代の感覚からすれば恐るべき非常識でした。エンターテイメントが残酷から遠ざかり、精神病患者への理解が進んだのは、現代に至るまでの間に無数の人々が進歩へと力を尽くし、恐るべき「常識」を「非常識」に仕分けしてきたからこそ、なのであり、そうした無数の先人たちへつくづく深い感謝を禁じえません。
私は恐るべき「非常識」をしていないか
一枚の、当時を生きた画家の手によって描かれた絵画は、その絵画を大切に伝え、あるいは改ざんし、とにかく後世まで残してくれた多くの人々の思いまでのせて、現代に鑑賞される名画となっています。
そんな見えない思いまで積もった絵画。その前に立つと私は、現代の当たり前が実は恐るべき「非常識」なのではないか、という恐怖にもとらわれます。「患者を治療するため」に瀉血を行うように、当然と思われている善意(?)の行為が本当に目的に適った行為なのか。
社会の片隅を支える一人として、恐るべき「非常識」を喜々として行っていないかどうか、本当に怖い。
展覧会で実物を鑑賞するもよし、行けない方もぜひ、本書に載っている美しい名画のコピーから、名画が伝える恐怖を感じてみては。
『怖い絵2』の書籍情報
著者: 中野京子
初版発行: 2008年4月5日
出版社: 朝日出版社
価格: 1,944円(税込)
サイズ: 単行本
頁数: 249頁
ジャンル:西洋美術史
読了目安: 1.5時間
ISBN: 978-4255004273
WRITER

編集者・ライター
和田由紀恵
ここ最近の印刷技術の進歩はすばらしいですね。本書で紹介される名画の印刷は美しく、著者の興味深い解説とあわせて、何度も楽しめるシリーズです。この本を片手に美術館を訪ね、今年は芸術の秋を楽しんでみませんか。
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