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ママの記事

働くママになるということ【ママで、働く】:r000018003388 | PARAFT [パラフト]

2018.07.13

ママの記事2018.07.13

働くママやれてる?

働くママになるということ【ママで、働く】

keyword: ママ キャリア 働く 子育て 両立

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子どもを産めばママになる。産・育休が明けて働き始めれば、働くママになる。当たり前のことだ。それなのに私が「ちゃんと働くママをやれてる?」と自問自答を繰り返すのはなぜだろう。あるとき思った。「この仕事を続けていって、未来の私は後悔しないだろうか」「他のママたちはどんなふうに未来に向き合っているんだろう」と。 働くママたち一人ひとりが置かれている状況はさまざま。PARAFT編集部では、できるだけたくさんの働くママたちへインタビューをしていく。たくさんのママたちのストーリーを集めることで、私はもちろん、多くの女性が「働くママ」にだって多くの選択肢があることを知るキッカケとなればうれしい。初回では、子育てから仕事を見つめ直した私自身の体験を振り返ってみる。【働くママになるということ/vol.1/ママで、働く】

2018.07.13 文章 / 和田由紀恵

働いてからママになるまで

2018年で、ママになって7年が過ぎた。7年の間に世の中はずいぶん変わったと思う。とりわけ「働くママ」を取り巻く世の中が。何よりも変わったと私が思うのは、ママのキャリアの選択肢が格段に増えていることだ。このシリーズでは、さまざまなママたちへのインタビューを通して、「こんな働き方もできるんだ」という事例を、その方のストーリーとともにお伝えしていく。

ママになりたての頃の私は、キャリアの選択肢が自分にはほとんど残されていないような気がしていた。このシリーズを通して、当時の私や、これからママになろうとする女性たちに「こんな働き方も、あんな働き方もアリなんだよ、できるんだよ」と伝えたい。きっと、そのことを知るだけで、グッと心が軽くなるから。何だってできるような気がしてくるから。

実際、ママだって、たぶん何だってできる。それも、何かを犠牲にすることなどなく。

それをお伝えする前に、今回は、恥ずかしながら、私がどんなふうに悩み、そして選択肢が実はある、という事実に気づいたのか、その経緯を書きたいと思う。

***

学生の頃は、とにかく思い切り働きたいと思っていた。転勤に出張、残業だってやってみたかった。会社でガッツリ働いて、スキルを身につける。ひたすら仕事に打ち込めば、キャリアが拓けるのだろうと漠然と想像していた。

それから、社会に影響を及ぼす仕事をしたいとも思っていた。もちろんどんな仕事だって世の中に影響を及ぼすに違いないが、例えば社会の潮目を変えるような、そんな影響力を持つ仕事に携わってみたかった。

そこで人並みに就活をして、ある企業の総合職として社会人のスタートを切ることになったのだった。

入社して配属されたのは、地方都市の営業担当。見知らぬ土地で始まる社会人生活に、期待が膨らんだ。半年も経つと残業や出張は日常となり、思い切り仕事したい、という希望は叶った。比較的ホワイトな職場で、休日はきちんと休めるし、早く帰れる日もある。10年もがんばれば、何かしらのキャリアが築けるのだと思えた。まさに理想的な状態だった。

営業担当の社員は男性ばかりだったが、女性も少しずつ増えていた。中には営業部門の管理職となって活躍する女性もいた。ちょうど女性総合職を積極採用する企業が多くなってきた頃で、社内でも女性総合職への期待と注目が集まっていた。何とか期待に応えたいと思った。

ところが仕事に慣れてきて、ふと社内を見回せば、営業部門のママ社員は、ほぼ全員が地域固定の営業事務をしていた。他の部門にもママ社員はいたが、管理職になっている例は知らない(当時)。そして自分のやっている仕事が、世の中に大きな影響を及ぼしているという実感はなかった。自分たちがやっているのは大きな仕事、やりがいのある仕事だと、先輩たちは自負していた。でもそれは私のやりたかった仕事だろうか、というモヤモヤが拭えなかった。

自分のやったことが、何かを変えているのだろうか――。仕事へのそこはかとない違和感。そのうちに縁あって結婚した。結婚しても、仕事を辞めようとは思わなかった。会社にも「夫になる人が転勤するとかでもなければ、働き続けるでしょ」という空気があった。

ただ、1つだけ。その頃目をかけてもらっていた役員から「なんで結婚しちゃったかなあ」と、休憩室でさらりと言われた。そのとき、「ああ、やっぱり」と思った。今でも小骨のように引っかかっている苦い記憶だ。

結婚後、働くことに何の変化もなかった。残業後に同僚と飲んで遅くに帰宅することもあれば、出張で家を空けることもあった。モヤモヤは心の奥底にしまいこんで、仕事に没頭した。仕事はだんだん面白くなってきていた。業界のルールが変わる場面に立ち会えたし、自分の得意なこともわかってきた。毎日が楽しく、自信もついてきていた。

ところが結婚から1年も経たないうちに、職種転換の辞令を受けた。チームの事情もあっての、営業事務への配置替え。辞令の背景は理解できたが、それでもキャリアを築く道は閉ざされたのだと思った。そうかと言って、断れるわけもない。平静を装い、そのまま辞令を受けた。心の奥底にしまっていたモヤモヤは、このときから形をとりはじめ、徐々にしこりとなっていった。

営業事務となった私。営業事務には営業事務なりの、技術と必要な知識がある。先輩に一から教わって、ちゃんと営業事務になろうと切り替えた。教えてくれた先輩は子育て中の時短勤務。働くママの日常が、ちょくちょく伝わってくる。ベテランとして、職場でも周囲や取引先から一目置かれる存在だった。時間こそ限られているものの、クオリティの高い仕事を心がけていた。

先輩の姿に、ママでも働けるんだと勇気づけられた私は、間もなく妊娠する。子どもを産むから仕事を辞めよう、とは全く考えなかった。

妊娠の報告すると、上司や先輩、同僚は喜んでくれた。体に負担がかからないようにとの配慮も受けた。妊婦として月を数えながら働いたが、体調面から仕事に支障を来たすこともなく、経過は良好。職務に慣れ、営業経験を活かした仕事は順調だった。営業事務としての役割を果たす、という点にのみ集中して過ごし、徐々に迫る産休に向けて、引き継ぎ態勢を整えていった。

同僚は妊娠を喜んでくれていたし、隣の部署から大きなお腹を触りに来る人もいた。「元気な赤ちゃんを産んで、またここに戻ってきてね」という同僚たちの言葉に泣きそうになりながら、必ずここに戻ってこよう、と産育休に入ったのだった。

出産までの休業は、長期休暇の延長のような感覚だった。引き継いだ仕事や同僚たちのことが気にかかりながらも、仕事からの開放感にひたっていた。

そして出産。安産とは言えなかったが、無事だった。生まれた我が子との対面を果たす。出産の喜びはあったが、親になった責任や不安の方が大きかった。それまでの自分本位の生活とは180度変わる、そのギャップ。職場へ出産報告のメールは送ったものの、仕事への思いは、もう遥か彼方、消滅したに等しかった。

そこから半年ほどは、赤ちゃんとの暮らしに全力を尽くしていた。ちょっとしたことで顔色が真っ青になるし、首はグラグラで心許ない。職場が懐かしいとか、社会に戻りたいとか、そんな思いが浮かぶ余裕すらなかった。とにかく、毎日を無事に過ごすことだけが私のすべてだった。

今は「働くママ」になる時期

産休からそのまま育休に入り、子育てする生活は続く。

産休の頃から定期的に、職場の先輩が社員向けの印刷物を郵送してくれていた。たまにはメッセージの書かれた付箋もついてきた。大きなニュースがあれば、メールで教えてくれることもあった。懐かしく、職場から気にかけてもらっているんだなと嬉しかったが、やはり職場は違う世界のことのように思えた。

それでも半年を過ぎた頃、子育てにようやく慣れた。ちゃんと育つものだという実感を得て、私は気持ちの余裕を取り戻した。そこで仕事で必要な資格をとろうと勉強を始めた。やってみれば、スキマ時間はそれなりにあった。

出産のタイミングから、復職まで1年3ヶ月ほどの休業になる見通しだった。資格をとっても、まだまだ育休は残っている。赤ちゃんが大きくなるほどに、スキマ時間も増えていく。働くママになるんだから、残りの期間でそのための準備をしよう。そう考えた私は、手当たり次第に参考になりそうな本を読み始めた。キャリアや働くママの1日を取り上げたもの、時短家事やワークライフバランスまで、さまざまな本を。読んでみて私が理解したのは、働くママの多くが「マミートラック」という選択肢しか持てない、ということだった。

「マミートラック」とは、仕事と子育ての両立はできるけれど、昇進・昇格とは縁遠いキャリアコースのことだ。妊娠する前から薄々気づいていたが、私が置かれているのは「マミートラック」へと続くコースだということを、再認識した。復職後に戻るコースは、出口がなかなか見えない「マミートラック」なんだ。そう思った。

時短勤務をする限り、なかなか“グレードが上がらない”のは明白だった。“グレードが上がらない”というのはつまり、同期や後輩の下につく社員であり続けるということだ。でも時短勤務をせずに復職するなんて、ありえなかった。保育園のお迎えに間に合わせたいというよりは、「残業できませんフラグ」を立てて残業をしないで済む状態でいるために、時短勤務を選ぶママ社員がほとんどなのだった。この先10年、20年とマミートラックで働き続けて、私のキャリアに残るものは何だろうと、にわかに焦燥感にかられた。

そこから私はひっそりとジタバタしていた。私は何をしたくて仕事をするのだろうか。何のために働くんだろうか。マミートラック以外なら、他にどんな選択肢があるのだろうか。

パソコンを開いてはライフプランニングしたり、転職の可能性を探ってみたりもした。自己分析や適性テストをやったりもした。資格の取得も考えた。

結局のところ、ママになったばかりの私がいきなりキャリアチェンジするなんて、無理なのだ。時間の許す限りジタバタしていた私は、最終的にそう悟った。マミートラックだろうがなんだろうが、とにかく今ある環境で働くママになろう。まずはそこからだ。そう腹をくくった私は、復職の準備へと頭を切り替えたのだった。

***

そして4月を迎えた。復職する当日。久しぶりに子どもから離れて、一人の社会人として仕事の現場に戻れるのは、やはり嬉しいものだ。ママではない、元の自分を少し取り戻したような気分だった。

1年以上もブランクがあいた仕事は、なかなか勘が戻らなかった。異動した社員もいて、浦島太郎のような心持ちだ。取引先との電話も、ビジネスの会話も、何もかもが久しぶりで、まるでオフィスもののテレビドラマを見ているようだった。会話さえぎこちなく、場違いな自分。年かさなのに役に立てず、早く帰るお荷物な社員。申し訳なさと焦りが募る。そのうちに、あっという間にお迎えに行く時間が来た。何の成果も上げていないし、やりかけの仕事だってある。でも、残業はできない。

子どもは朝からずっと、園で私のお迎えを待っている。お迎え後は20時を目標に寝かしつけるまで、夕飯や入浴など、子育ての「やるべきこと」が続く。子どもと一緒に過ごせる時間は本当に短い。早く帰らないと、子育てが回らなくなる。

やりかけの仕事を同僚に引き継ぎ、忙しさもピークの職場を肩身の狭い思いで出る。駅まで走った。

子どもは毎月のようにいろんな病気をもらってくる。保育園からの呼び出しで急に帰宅することも多い。そして翌日は確実に会社を休むことになる。

事情を話せば、同僚たちは嫌な顔1つせずに仕事を引き継いでくれた。「気にしないで。仕事は代わりがいるけど、ママには代わりがいないんだから」と。

仕事を快く引き取ってくれる同僚をありがたく思う一方で「自分は代替可能な存在なんだ」という現実を、そのたびに突きつけられているように思えた。むしろ私がいない方が、同僚もスッキリするのではないだろうか――。

私は会社に何かメリットをもたらしているのだろうか。そもそも、私は何のためにこの仕事をしているんだろう。以前からのモヤモヤが顔を出したようだった。

でも、そのときはそれ以上は考えなかったし、考える余裕すらなかった。日々を無事に過ごすことに精一杯で、育休中の焦燥や思いはいつしか心の奥底にしまわれていた。たまにチラッと思い出しても、今は「働くママ」になる時期なんだと自分に言い聞かせていた。

私はこのまま、今の仕事を続けて後悔しないか

毎日をやり遂げることに集中しているうちに、仕事の勘は徐々に戻ってきた。子どもは保育園に慣れ、そこでの生活を楽しむようになった。

私は時短勤務の立ち位置に慣れた。復職してからというもの、厄介な社員だったに違いない私だったが、ほかのママ社員や同僚たちの協力もあって、それなりに仕事を進められるようになった。そのうちに後輩を指導する立場になり、ある程度役に立っている実感も得た。

そうして何年もの間、私はその仕事に留まっていた。その間に、世の中は少しずつ変わり、会社も変わってきた。産育休をはじめとする制度の見直しに始まり、ママ社員にも昇格・昇進を目指してもらう方針へと、会社は大きく舵を切った。会社は女性社員が活躍する企業を目指すと宣言し、具体的な戦略を発表した。ママ社員の管理職が生まれ、ママ社員が営業担当に配置転換されるケースが増えた。一般のママ社員を対象にした、昇進を目指すための研修が開かれた。人事部からのヒアリングも行われた。時短勤務をマイナス査定しないことも明言された。会社は本気でマミートラック以外の選択肢を増やそうと動き始めたのだ。

一方で、私自身の状況も変化していた。もう一度出産し、子どもは2人になった。当然、歳もとった。そして思った。「私はこのまま今の仕事を続けていて良いのだろうか」と。

時が経っても、以前からしこっていたモヤモヤは消えなかった。むしろ、自分の中で成長し続けていた。日々の忙しさを理由にして、大きくなったモヤモヤに向き合おうとしてこなかったのだ。でも、もう限界だと思った。いま向き合わないと後悔しそうだった。

永遠に続くように思っていた子育ての時間は、そう長くないかもしれない。子どもはいつまで手をつないでくれるのだろうか。

ビジネス環境は目まぐるしい速度で変わっていく。AIの台頭や産業構造の変化に、自分のスキルはついていけるだろうか。子どもが手を離れた10年、20年後に、必要とされる人材でいられるだろうか。

例え自分が代替可能な存在でも、この仕事を続けることに確信があれば、ただまっすぐに前を向いていられるはずだった。「ちゃんと働くママをやれてる?」と自分を振り返ることもない。いつか成長した子どもに「ママがこの仕事をやった」と胸を張れる未来があるはずなのだった。大きな工場の隅で、ロケットに使う、誰にも知られない小さな部品を作っていても、「私がロケットを宇宙に飛ばしたんだ」と語れるように。

働き続けたい。ずっと社会とつながっていたい。でも子育てと両立するのはそんなに簡単なことじゃないし、子どもとの貴重な時間を削るのも事実だ。悩みながらも、自分なりに「私がロケットを宇宙へ飛ばしたんだ」と言える未来を迎えるには、どんな方法があるのだろう。

ひとたび周りに目を向ければ、目を輝かせながら、子育てや仕事、未来のことを話すママがたくさんいる。彼女たちは、仕事とどんなふうに向き合っているんだろう。それを知りたくて、ママたちのストーリーを集めてみようと思い立った。


【目次】

>>フリーランスでチームを組むママたち(Coming Soon)

>>準備中

WRITER

編集者・ライター

和田由紀恵

ママになってから、2018年で7年が経った。それなのに、ママとしてはまだまだ自分の未熟さを思い知らされる毎日だ。感情的に怒ってしまって、怒った先から後悔する。怒られた子どもは、なんとも悲しそうな顔をする。でも次の瞬間には、その日にあった嬉しかった出来事を報告してくれる。他愛もないけれど、子どもにとって大事なニュース。耳を傾けながら、子どもの成長や私への無条件の信頼を感じる。インタビューで出会うたくさんのママたちのストーリー。その1つひとつをお伝えするごとに、自分もママとして、職業人として、成長していきたい。

ー 「生きる」と「働く」を もっと楽しく。
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