月と六ペンスの記事2018.07.24
本1冊で妄想旅行
自分の体験で深まる読書の愉しみ
keyword: 月と六ペンス サマセット・モーム ゴーギャン めくれバ この一冊で大人の夏休み
2018.07.24 文章 / 和田由紀恵
本の中で旅立つ、世界半周旅行
芸術家となったストリックランドは、他人の家庭まで壊し、親切な友人へ恩を仇で返す横暴ぶり。人間としてはめちゃくちゃで、友達になるのは遠慮したいような人物として描かれていきます。そんなストリックランドが注ぐ制作への情熱にはただただ圧倒される思い。周囲の人間がいかに自分の芸術に無理解であろうと、ひたむきに作品を生む使命を背負ってしまった芸術家の姿がそこにありました。苦痛と歓喜に彩られた半生――。
ストリックランドの足跡をたどる語り手は、パリから南仏へと移動し、最終的に太平洋に浮かぶ島・タヒチへとたどり着きます。
肌寒くどんよりとしたロンドンから、陽光あふれる南仏へ。そして強烈な日差しに熱帯植物が生い茂るタヒチ。その行程をたどるだけでも、読者も語り手と一緒に旅をしたかのような錯覚に囚われます。とくにタヒチの場面では、ゴーギャンの絵の印象も相まって、鮮やかな色彩があふれるタヒチの様子が目の前に広がります。白い砂のビーチに限りなく明るいブルーの海。パラオを身にまとった人々が操る木製のカヌー。緑の濃い山に分け入れば、ストリックランドが創作に勤しんだポリネシア式の小屋が現れます。健康で開放的なタヒチの女たち。
ページをめくって文字を追うだけで、この本の中で世界半周旅行へと旅立てます。
自分の体験から生まれる新しい感動
100年前に出版された際も、アメリカやイギリスで『月と六ペンス』はベストセラーとなり、ゴーギャン・ブームが巻き起こったのだとか。テレビはなく、海外旅行が簡単ではない時代に、人々がエキゾチックなアートにどれほど惹きつけられたのか、想像もつきません。
大人になって海外を旅するようになった私は、外国の日差しや匂い、植物や空気が、どれほど日本と違うのかを体感しました。再び『月と六ペンス』を手に取ると、自分が見てきた日差しや強烈な色彩が文章に添えられ、ストリックランドの情熱が一層豊かに浮かび上がるよう。
家族が増えてめっきりと海外旅行への足が遠のいた最近では、日本の酷暑にこそページをめくり、熱帯の空気を想像しては楽しむ読書体験を重ねています。ゴーギャンの絵を見に行く機会があれば、おそらくこの本を携えて臨むはず。
100年経っても色あせない名作は、たった●十年ほどの卑小な私の人生の中でも、自分の体験が積み重なるほどに新しい感動を与えてくれます。あなたはこの名作から、どんな新しい感動を受け取るでしょうか。
『月と六ペンス』の書籍情報
著者: ウィリアム・サマセット モーム (訳)土屋 政雄
初版発行: 2008/6/12
出版社: 光文社
価格: 822円(税込)
サイズ: 文庫本
頁数: 433ページ
ジャンル:英米文学
読了目安: 4時間
ISBN:978-4334751586
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本1冊で妄想旅行
WRITER
編集者・ライター
和田由紀恵
伝記の域を遥かに越えて、人間の本質を突いた『月と六ペンス』。ゴーギャンに限らず、数多の芸術家の生涯をモデルとした小説は、絶対おもしろいに違いないと思っている筆者です。それなのに『月と六ペンス』を凌ぐ名作を、寡聞にして知りません。日本に限って見ても、思いつかず……。誰かが似ていると言っていた、芥川龍之介の『地獄変』はまた別の迫力もあり……。ほどよい名作を探してみようかと思案する、今年の夏です。